雲ノ平へ行きたい、高天原でビール片手に温泉にたっぷり浸かりたい、など野望を秘めた怪しげな計画に賛同したメンバーが、立山から薬師、雲ノ平、高天原、読売新道、黒部湖と縦走した、八日間の記録である。
8月 9日 晴れ
扇沢でメンバーと合流し、仮眠する。
8月10日 晴れ
始発の黒部アルペンルートで行くが人が多く、室堂に予定から30分遅れで到着。この室堂平からは、剣方面から別山、真砂、雄山から一ノ越、これから向かう浄土山が右手に見える。
多くの人が散策している中、石畳の道を一ノ越方面へ歩き始める。少し行き右に折れ、浄土山へ向かう。室堂山の分岐までは良い道であるが、ここからは山道となる。急登をがんばり浄土山につく。剣が岩の頂を覗かせ、雄山に多くの人が取り付いている。一ノ越からの道がゆるやかに上がっている。富山大の研究所の脇を通り、竜王岳を左に見ながらガラガラしたところを下り、鬼岳の裾をまいて獅子岳に登る。この先は急な斜面になり、慎重に下りザラ峠に降り立つ。ここまで来ればもう少しである。五色ヶ原ヒュッテ(10年ほど前から休業中)から木道をゆるやかにくだり、広い五色ヶ原キャンプ場に着く。立派なトイレハウスがあるが、五色ヶ原山荘と離れていて不便、と思っていたら使用料徴収の若者が、ビール要りませんかとのたまう。いるいると声をあげると、ザックにビールが!全部買い占める。これで不便さは解消された。
8月11日 晴れ
朝日を浴びて木道を山荘へ向かう。ここから鷲山の裾を行き、鳶山に登ると五色ヶ原の全容が見渡せ、山荘が見えその右手に池糖(三日月池)が見える。下っていき越中沢乗越へ。ゆるやかな尾根を歩く。日射が強く腕、顔が燃えるようだ。越中沢岳に着く。北薬師が頭をのぞかせ、スゴの小屋が林の中に見える。目前のスゴノ頭まで急坂を下り、上がってスゴノ頭。ここからどんどん下り、スゴ乗越。樹林の中をもくもく歩いて幕場にひょっこりでた。スゴ乗越小屋まで五分ほどである。
隣の天幕が、前後して歩いた単独のMrポールで、アルコールで懇親を深めた。
8月12日 晴れ
今日は薬師を越える、と意気込んでスタートする。樹林帯を離れ雪渓が点在する斜面を行くと間山に出る。目の前に北薬師が、その左手は雲ノ平、下って高天原、水晶の二つのコブ、正面に赤牛が雄大に構えている。読売新道の尾根筋も見える。
ここから見通しのよい尾根を登り北薬師岳に上がる。有峰湖から太郎平へのルートと小屋、薬師岳山荘が望まれ、そして薬師岳が鼻の先だ。金作谷カールを左にみて岩尾根を行き、薬師岳に上がる。薬師如来像を祭る祠がありお参りする。この山は愛知大の大量遭難のあったところで、下ると遭難碑がある。さらにジクザクに瓦礫の斜面をおり、薬師岳山荘をすぎ、薬師平の木道から沢沿いの岩がごろごろした歩きにくいところを下り薬師峠の幕場に着いた。
Mrポールと会いアルコールで乾杯。昨日は折立へ降りるようなことだったが、槍まで行くと言う。ここは管理小屋があり、ビールがある。トイレはバイオ式とかで良い。計画では薬師沢小屋までであるが、予備日もあり無理せずここで泊まる。今日も日射が強かった。
8月13日 晴れ
木道を太郎平小屋へ。ラジオ体操が終わってから薬師沢へ下る。最初の橋の出合では釣り師が何人かいて、岩魚を見せてもらった。さらに行き薬師沢出合いから少しのぼり、木道を歩く。草原状(地図上ではカベッケヶ原)で気の休まるところである。黒部川の瀬音を聞いて、急降下すると薬師沢小屋の屋根がみえ、小屋に降り立つ。身支度を整えて立派なつり橋を渡り、河原におり少し行き、斜面に取り付く。急登を一本、一本入れながら雲ノ平に上がる。木道になりゆるやかに上がって行く。ここはアラスカ・ギリシャ庭園などと、あちゃら風な呼称があるが、いまいちぴんとこない。昨日幕営であったので、今日は雲ノ平山荘に投宿する。
8月14日 曇りのち雨
今日は高天原に向かう。山荘よりすこし行き、左に上る。着いた所に無人の気象観測ロボットがある。ここはかってコロナ観測所があり、コロナ尾根・コロナ平などと呼ばれていた。岩のごろごろしたところをくだり、木道にでる。
多少ゆるい斜面を過ぎると、急な尾根を下ることになる。蚊が多くまとわりつく。どんどん降り、高天原峠につく。なにやら雲行きがあやしい。なーに、あと少しと歩いていると、降り出したので雨具をつける。の流れを渡ると、岩苔乗越への道を右に分け、高天原の草原に出ると、小屋はすぐである。ゆがんで傾いている。
昭和のはじめに大東鉱山が高天原でモリブデンの採掘にとりかかり、そのための小屋を利用したものである。歩いて20分の温泉もその当時は温泉小屋があったそうである。持参のソバをおいしくいただき、早速ビールをもとめ温泉へ急行する。温泉沢にでると対岸に左から、女風呂、混浴、河原にはこぶりな温泉が数箇所見られる。混浴にはいる。源泉は熱めで、入ると適温である。皆でビールで乾杯し至福のときを過ごす。皆でさわいで二時間ほど浸かり、小屋に戻る。すると雷が大雨を伴い襲来する。間一髪であった。鉄骨の大きな小屋で、二階はいろいろにゆがんでいた。
8月15日 曇り
今日は水晶までである。往路を戻り、分岐から岩苔乗越へ向かう。水晶池への登りがきついが、あとは岩苔小谷沿いにゆるやかに高度をあげていく。ガスの中に高山植物が咲き乱れ、源頭部に近づくと雪渓がある。岩苔乗越に着くとガスで視界がきかない。当初、鷲羽岳往復の計画であったが取りやめ、水晶小屋に向かう。雲ノ平で予約済みで、早めに小屋に入る。最近改築した木造のがっしりした二階建ての建物である。ところが二階の屋根が低く、頭部を梁に何回にぶつけたことか。
ここは天水であり、宿泊者にも行動用の水は提供していないが、読売新道へ向かう人には有料で提供している。夜半小屋をゆるがす風が吹き荒れたが、明け方収まってきた。
8月16日 曇りのち晴れ、のち雨
ガスのなか雨具を着け水晶に向かう。まだけっこうな風が吹いている。水晶を過ぎると回復しはじめ、温泉沢ノ頭では晴れてきた。黒部湖が見え、雄大な薬師からの下方に目を転じると、懐かしい高天原の小屋が見える。雲ノ平の山荘も見える。ここから左の尾根を下ると温泉に出られる。北方の赤牛へ向かう。少し行くと尾根の右手を少し降りたところに、天幕が数個張れるところがある。たしか雪渓が残っていたように記憶している。この尾根を下ると幅広になり、2〜3のピークを経て赤牛岳に登る。読売新道の尾根がここから右に折れ、急に下っていく。右の斜面は崩壊が激しく慎重に下る。岩峰を左側をまいて尾根に戻るあたりから、多少傾斜もおちる。やがて尾根がわかれるあたりのくぼ地におり、この沢状の所を下る。この先は木の根、岩の連続する根気のいるルートに変身する。大木があり根も張り放題である。岩屋にでるとロープがあり使わせていただく。読売新道の標識4/8あたりから雷雨がきて、雨具をつける。雷が遠のいても、雨は強まるばかりで、2/8あたりから土砂降りになった。そのうち傾斜も落ちて、奥黒部ヒュッテに出た。天幕の予定を変更し素泊まりにする。大部屋で貸切なので、最後の大宴会を執り行う中、雨も小降りとなる。
8月17日 曇り
今日はらくちんと、東沢を渡る。砂地の平らな道を良い気分で歩いていると、なにやらいやな予感。丸太を組んだ桟道や急なハシゴなぞ出現しはじめた。次々と我々に疲れる課題を突きつける。話には聞いていたが、これほどとはおもはなんだ。最終日なんだから楽をさせてよ、と念じつつ幾多の課題をこなしたことか。雪崩にやられ、毎年架け替えているようで、古いものが下方に積み重なっている。従って春は、補修が終わらないとこのルートは突破出来ないであろう。課題が少なくなるころ平ノ渡に到着する。階段を桟橋(丸太の階段が水中まで設置されているだけ)まで降りる。10:20までじっと待つ。定時にしらとり丸が迎えにきた。横付け出来る桟橋がないので、へさきを階段に直角につけ、パイロットがエンジンと操舵で階段から離れないようにしている間に乗り込む。荷を背負っているのでなかなか飛び移れない。先に上がった人が次々にひっぱり上げる。定時に出航する。先ほどの乗船地点より下流の針ノ木谷の出合に、コンクリートの階段と旧桟橋の残骸が見える。下部は崩れている。左岸の平ノ小屋が見えてくると終点である。桟橋があり横付け出来る。他の人は争うように階段をあがり、消えていった。こちら側は桟道、ハシゴ類は少なくほっとする。しかし大きな谷が流れ込んでいる入り江は対岸が目の前に見えるのに、上流の渡渉点までさかのぼり迂回するので、一時間ほどもかかる所もあり、時は刻々と過ぎていく。今日中に帰宅しなければならないメンバーもいて気がせく。御山谷の迂回を終えるとロッジ黒四である。ここから舗装された林道をダムを見ながらのんびり歩き、ダムに帰ってきた。黒部の源頭を左回りに一周したわけである。
温泉で長旅の垢をおとし、十二品の付いた御膳を目の前に、オリンピックを観戦しながら飲むビールは格別であった。
「立山・立山連峰」
諸説あり、北アルプスの西部の、信仰の立山を中心とした地域を言うようだ。
広義では毛勝三山から薬師・黒部五郎・三俣蓮華まで、剣から薬師岳まで。
狭義では別山から雄山まで、雄山のみ、などある。
「平ノ渡」
昭和45年ごろには、平―針の木谷の出会いにあり“くろよん丸“で運行。
ダイヤは、針の木谷が6:20、10:20、12:20、17:20で現在と同じに時間に運行されていた。
「高天原」
大東興業の大東鉱山が昭和の初め、高天原でモリブデンの採掘をはじめて、世間に知られるようになった。
薬師沢からの大東新道もそのために開拓された。
硫黄泉の高天原温泉も鉱山の人々が利用し、立派な温泉小屋があった。
現在の山荘も、当時の小屋を利用している。
「高天原新道」
温泉から夢ノ平の龍晶池までは、今でもいけるが、当時はそこから中ノ原、姿見平(避難小屋があった)、
薬師見平(薬師見ノ池の池糖がある)などを経て、東沢出合に至る道があった。
以上はアルパインガイド17「立山・剣・薬師岳」山と渓谷社 昭和45年
ブルーガイドブック212「立山・剣・黒部・雲ノ平」実業の日本社 昭和49年
からの引用である。
これを読むと、現在は廃道になっているルートがあちこちにあって、当時の登山ブームを思いおこさせる。
コースタイム
8月 9日 移動。
10日 7:30扇沢―9:25〜45室堂―11:35竜王岳―14:20獅子岳−15:30
ザラ峠―16:15五色ヶ原ヒュッテー16:25五色ヶ原キャンプ場
11日 6:00五色ヶ原キャンプ場―7:20鳶山―8:20越中沢乗越―9:40〜50
越中沢岳―11:45〜12:10スゴノ頭―12:50〜13:20スゴ乗越
―14:10スゴ乗越小屋
12日 6:05スゴ乗越小屋―7:35〜50間山―10:10〜25北薬師岳―11:45〜
12:15薬師岳―13:00薬師岳山荘―13:40薬師平―14:20薬師峠
13日 6:00薬師峠―8:15薬師沢出会いー9:25〜50薬師沢小屋―12:05
雲ノ平木道―12:55アラスカ庭園―14:20雲ノ平山荘
14日 6:15雲ノ平山荘―8:20高天原峠―9:30高天原山荘
15日 5:20高天原山荘―6:30水晶池―9:10岩苔乗越―10:30水晶小屋
16日 5:30水晶小屋―6:15〜25水晶岳―7:40〜45温泉沢ノ頭―10:20〜25
赤牛岳―16:30奥黒部ヒュッテ
17日 6:05奥黒部ヒュッテー8:50〜10:20平ノ渡―10:45平―15:20
ロッジ黒四―15:45黒四ダム
18日 帰京

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