平成20年 山行記録

柄沢山 山スキー

 日 程  : 平成20年4月4日〜4月6日
 パーティ : 遠藤(博)、佐藤、高橋、宮崎  


 
これ迄の山スキーは、一般ルート(尾根すじ)を登り山頂から滑り下る計画が多かったが、今回は沢をつめ沢に下る「静かな山、柄沢山、上級コース」を選んでみた。隣の巻機山には、山スキーの技術と呼べるものがまだ無い頃に日帰りで幾度か通った親近感もあり、柄沢山も同レベルに思えていました。

 固定メンバーの水野さんが、体調不良とのことで欠席。遠藤さんと二人かな?と思ったが、久し振りで高橋さんが来てくれて、宮崎さんも行けることになる。宮崎さんは重装備の山スキーは初参加ですが、ゲレンデの滑りは抜群だし楽しみです。何十年ぶりの清水集落への道は、記憶もなくなりナビ頼みだが、家々を見るとその頃が懐しい思いがする。

 林道終点にテント仮眠をして出発。天気は快晴で気分は上々。一日目は早く重荷から開放されたくて早々とベース適地を捜しながら進む。沢の中でこれ以上奥に適地はないと思える、堰堤の手前の高台を高橋さんが見つけ、ベースを設営する。コーヒータイムの後は下見を兼ねて、宮崎さんのスキーの様子を見つつ、柄沢川をつめて行くとH1200M近くで、ビール休憩中の二人と出会う。その視線の先の林間から、二人が滑ってくる処であった。

 本流左手上の小尾根は大きく切れていて、落ちれば沢全体が埋り、下流迄ブロックが流れそうに思えた。ルートであろう正面は何人か滑って来たがブロックも沢山見え、正直、登るも下るも気持いいとは言えないコースだ。残る右寄り、やはり二人程下って来たが、似たり寄ったりの状態に見えた。今日はH1350M迄登り、シールを外して滑降。宮崎さんも最初こそ、プラブーツの違いに少し戸惑い気味だったが、沢に出ればスイスイで楽しそうであった。ベースに戻り、早々とビールと共に高橋さんの作ったごちそうを戴き、一緒の機会が少ない宮崎さんの話を交え、山スキーや山の話で夜を迎える。

 6日、4時15分起床。遠くの山に朝日が当たる頃、シールを付けて出発。しばらくして休憩の頃、宮崎さんが「サングラスの片方のレンズが行方不明だ」と言う。どこかで、ぶつかった時、落としたらしく見つからない。雪目を考えると行動不可になってしまう。泣く泣く「ベースに戻っています」と言う宮崎さんと別れ、三人で柄沢山を目指す。昨日のH1200Mには、すぐに着いた。遠藤さんが「ここから登ろう」と言う事で、西尾根から派生する右のブナ林の急斜面にルートを取る。シールはきかないので、ツボ足で登るしかない。
出発前、「アイゼンいる?」と聞かれ、「朝一で登るならいるよ」と答えたものの、三人共、ピッケル、アイゼン無し。柄沢山頂に行けたかどうかの別れ道でもあった。

 さて、急斜面に取付いたものの、4回キックステップしてやっと一歩が置ける、5回だと下のモナカに沈む状態で、時間のロスは計り知れず。ただただ高度を稼ぐ事に精を出す。左手に全貌を表してきた本命のルートにチラリ目がいく。あっちの方が良かったかも?
ブナ林の中に、八方に延びたブナの枝が全部きれいに折られ、枝無しの見事な熊ダナがあった。「熊ダナだよ」と高橋さんに声をかけたら「見てる余裕はない」と言われてしまう。けど遠藤さんも高橋さんもやめようとは言わなかった。

 しばらくして、表層ナダレの後の段差が現れる。その段差をまたいで登る。右側には、下りにルートを取る沢状の一枚バーンが、いや応なしにプレッシャーをかけてくる。ルートに合った装備と準備をきっちりとする事が大切だと、今更ながらに思う。小尾根を乗っ越し、カール状のトラバースを終え、やっとの思いで標高差450M余の西尾根1620のピークに着く。ここは、西尾根上に大きなテーブルをつき出した形の、台地で、その展望は正に息を飲むばかりでした。

 上越国境の山々は、とても2000M級の山の連なりとは思えない迫力で、宮崎さんに一目見せたかった、と思う。空腹でもあまりパンが食べられないし展望を心穏やかに見るゆとりもあまりなかった。さて、山頂迄あと標高で300が残っている。時間と体力を三人で協議。天候はOKで、遠藤さんは山頂迄行きたそうだったが、目前の急斜面を滑って下りる体力の温存を第一とし、ここで断念する。
下に柄沢川の堰堤が見え、その近くのベースにいる筈の宮崎さんにケータイが通じた。現在地とこれから下る事を伝える。心だけ落着かない大休止の後、恐る恐る上部のカール状へスキーを滑らして行く。転倒したら一機に柄沢川に落ちてゆく気がして、雪の状態を見極める迄とてもターンは出来ない。少し横滑りをするが、あまりに情なくなり、思い切ってワンターンをした。何とかなりそうで、それから三人、思い思いに滑り始める。遠藤さんはジャンプターンを交え力強く、高橋さんはフリートレックのミニスキーで水を得た魚状態でした。この快適さは、たとえようのない時間であった。

 4時間を費した登りを30分位で下ってしまった。本流に着いてからは、雪質がやや落ちたものの、あっという間でベースに着いた。
宮崎さんと会って「快晴の山頂はすばらしかった」と言わなくても良い事だけが、山頂迄行けなかった事へのなぐさめになるかも。
テント撤収後、わずかな距離を滑って車に戻る。後日、宮崎さんは山スキー一式を購入してしまったとの事。
 我々の責任は重いかな?